120年に一度の激レアイベント、竹の一斉開花現象の不思議

生物・自然
ラビまる
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竹は120年ともいわれる長ーい周期でいっせいに花を咲かせ、そして一斉に枯れていきます。
私たち日本人になじみの深い竹も、その生態は結構ミステリアスなのです。


竹という植物には、なんとなく日本的で、「和」なイメージがある。

日本最古の物語といわれる『竹取物語』でも、かぐや姫の初登場シーンで重要な役割を担っているし、日本の古典音楽である雅楽においても、竹を材料とした楽器が多く用いられる。

あとは茶道で使う茶筅(ちゃせん)なんかも竹製で、これも歴史が古い。

このように、竹は古くから今に至るまで、日本人の暮らしとともにあった。

また、京都・嵯峨野の「竹林の道」に見られる一面の竹の世界は圧巻で、

「これぞニッポン!アメイジング!」

と外国人観光客に大ウケするだけでなく、私たち日本人もまた「和の精神」のようなものをしみじみと感じることができる。

京都「竹林の道」
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木なのか、草なのか

そもそも、竹って何なのだろう。

当たり前のように生えているが、思えばかなり独特なフォルムをしている。

サクラやブナやカシのような、いわゆる「木」と呼ばれる存在なのか。
それともヒマワリとかタンポポみたいな、「草」の仲間なのか。

「竹はしっかりした堅い幹(みき)があるから木かな?」

とも思うが、しかし中は空っぽで年輪はない。

幹が成長とともに太くなっていくこともない。

考えるほど竹という植物がよくわからなくなってくるのだが、学術的な分類によれば竹はイネ科の植物に属していて、いわゆる「草」のあたるとの見方が主流らしい。

イネ科といえば、私たちの主食であるコメをつくる、あの穀物のイネ(稲)。

スケール感も色も全然違うのに、イネの仲間なんですね…となんだか不思議な感じがしてしまう。

竹はどうやって増えていく

穀物のイネであれば、その一生を私たちはなんとなーく知っている。

成長したらやがて小さな花をつけて、受粉をして、モミや種子ができる。
(そのモミを取り除いて我々が米として食べている。)

やがて種子が地に落ちて、それが芽吹いて新しいイネが育っていくのだ。

ところが、同じイネ科であるはずの竹はどうだろうか。

竹が花や果実や種子をつけている姿は、あまりイメージできない。

竹はどうやって増えているのだろう。
あんなにもダイナミックな竹林を形成しているはずなのに。

実は、竹は基本的には無性生殖によって繁殖している。

竹は地中に「地下茎」という、いわば竹の本体ともいえる器官をもっていて、それを下水管のように張り巡らせている。

地下茎からニョキニョキと地上へタケノコを生やすことで、次々に自分の分身を作り出しているのである。

つまり、竹の1本1本が独立した個体なのではなく、うっそうと茂る竹林全体が1つの個体なのだ。

なんともスケールの大きい植物ですね。

120年に1度だけ姿を現す伝説の花

「なるほど竹は無性生殖だから、花なんてつけないんだね」

と思いきや、実はそうではない。

なんでも、ものすごくながーい年月の果てに、竹が一斉に数日間だけ花をつける瞬間がある。

花をつけた竹は、受粉をして実をつけ、種子を落とす。

その後、その竹は役目を終えたかのように一斉に枯れていき、竹林ごとすべてなくなってしまうのだという。

そしてその跡地から、また新しい世代の竹が芽吹くのである。

  (↓竹の花は、確かにイネっぽい気がする。)

この「竹の世代交代」ともいうべき一大イベントの周期は、竹の種類によって幅があるが、代表的な品種であるマダケやハチクではおよそ120年周期で起きるといわれている。

あるいは、生育環境が大きく変化したときに、それに適応するために世代交代が始まるのだという説もある。

今のところ、あまり正確なことはわかっていない。
なにせ竹は我々人間の寿命よりも長生きなのである。

ちなみに、マダケの開花が最後に日本で確認されたのは1960年代のことらしい。

120年周期で考えれば、次の開花は2080年代か。

なんだかハレー彗星みたいで、ロマンティックな気分になってしまう。

竹の開花は不幸の始まり?

竹に花が咲く現象は、ときには「不吉の象徴」として捉えられていたこともあるようだ。

たしかに、それまでずっと生い茂っていた竹林が開花したかと思えば突然枯れ始め、あっという間に荒野と化してしまうのだから、

「なんだ?この世の終わりか?」

と、人々にかなりのインパクトを与えたことだろう。

実際、一斉枯死によって、いろいろな道具の材料としての竹が取れなくなるのは大きな痛手だったに違いない。

それこそ『竹取物語』に登場した「竹取の翁」にとっては、失業の危機である。

竹の開花がもたらす災いはそれだけにとどまらない。

竹がつけた実や種子は、コメと同じくとても栄養豊富 なので、これを餌とするネズミやイノシシなどの害獣が一気に増加する原因にもなってしまう。

これらの害獣は人里の穀物を食い荒らすから、やがて飢饉を引き起こす。

また様々な感染病を媒介するため、衛生上のリスクも高まってしまう。
(あの黒死病・ペストの媒介者となったのが、まさにネズミだった。)

こうして考えてみると、

「竹の開花は不吉だ!」

なんて言いがかりにも聞こえる主張でも、なるほどそれなりの根拠があるようにも思える。

もっとも、私たちの生きるこの飽食の時代には、竹がもたらしうる影響などかつてほど脅威ではないかもしれないが。

一方でタケノコは、「子供の成長」や「将来の出世」を象徴するとしておせち料理なんかにも採用されるほど、大変縁起のいい食材である。

竹の開花現象だって、親から子へバトンを受け渡すダイナミックな世代交代の儀式。
まさに「子孫繁栄」を思わせる縁起のいいイベントとも受け取れる。

竹の花が「不吉の象徴」なのか、むしろ「幸福の象徴」なのかは、もはや捉え方次第だ。

今度竹林へ行ったときは、四葉のクローバーを探すように、ハッピーな気持ちで竹の花を探してみよう。

竹はイネ科の植物で、「木」というよりはむしろ「草」
竹は地下茎から分身を伸ばして繁殖していく(無性生殖)
およそ120年に一度、竹は一斉に花を咲かせたあと、一斉に枯れる
 ・竹の種類によって周期は違うが、詳しくはわかっていない
 ・不吉の象徴だといわれることもある

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