私たちが日常的によく使う温度の尺度と言えば「摂氏(せっし:℃)」ですね。
あるいは「華氏(かし:℉)」という別の尺度が使われる国もあります。
摂氏の「40℃」に相当する温度は、華氏のスケールでは「104℉」です。
どうして尺度によって目盛りの数値が変わってくるかというと、尺度ごとに別々の基準を定めているから。
- このときの温度をとりあえず「0度」としよう
- これくらい熱くなったら「1度」上がったことにしよう
みたいなルールを、各自でかなり好き勝手に決めているわけです。
(詳しくはこちらの関連記事をご覧ください↓)
そして摂氏(℃)と華氏(℉)に共通するのは、それらがあくまで相対的な温度の目安でしかないということです。
たとえば、「80℃は40℃の2倍の温度である」とは言えません。
80℃も40℃も、仮に置いた0℃という基準点との差でしかなく、これは別に熱エネルギーの大きさを直接反映しているわけではないからですね。
「相対的じゃない温度なんてあるの?」という話ですが、そこで出てくるのが今回のテーマ「K(ケルビン)」。
ケルビンは熱力学に基づく「絶対温度」の単位であり、国際単位系 (SI)で定められる7つの基本単位のひとつを担う重要な単位です。
この記事では、
- 温度の本質とはどういうことか
- 絶対零度の概念とケルビンの登場
- ケルビンの定義改定の概要とその背景
についてまとめています。
ちなみにケルビンを使って「80Kは40Kの2倍の温度である」という表現であれば物理学的に正確です。これは確かに何かと便利そうですね。
温度って結局なんなのか
摂氏(℃)や華氏(℉)と違って、ケルビン(K)だけは「絶対温度である」という点で異質な存在です。
では「絶対温度」って、いったいどういうものなのでしょう?
いやそれ以前に、そもそも「温度」ってどういうものでしたっけ。
絶対温度やケルビンのことを学ぶ前に、まずは温度の本質についておさらいしておきましょう。
ざっくり結論から言えば、
温度とは「原子や分子がどのくらい激しく運動しているか」の程度のこと
を指しています。
熱の正体は分子の運動である
温度とは何か?
直感的には「温かさの度合い」だという説明ができそうです。
じゃあ人が「温かい」と感じるときに何が起きているのか?
これは物理的には、私たちの肌が熱のエネルギーを受け取っているということです。
たとえば暖房の効いたポカポカの部屋に入ったシーンを想像してみましょう。
そのとき、空気を構成する無数の分子が私たちの肌にたくさん衝突していて、だから温かく感じるわけです。
この世に存在するあらゆる物質は、極小の粒である原子から成り、あるいはその原子が集まった分子によって構成されています。
そして原子や分子は、物質の状態に応じて常に不規則で激しい運動(=熱運動)を続けています。
物質の状態 | 原子や分子の動き |
---|---|
固体 | 規則的に並んだ状態で振動する |
液体 | 程々に位置を変えながら動き回る |
気体 | 空間をあちこち自由に飛び回る |
またその運動エネルギーは、温度と比例関係にあります。
温度が高い部屋では、空気を構成する分子がとっても素早く動き回っています。
温度が低い部屋でもやはり動き回っていますが、温度が高い部屋ほどの速度ではありません。
こうした分子の運動こそが熱の正体であって、温かさを生むエネルギーの本質なのです。
分子の運動があまりに激しいと、私たちは「やけど」をしてしまいます。
ミクロで見ると、分子が猛スピードで肌にぶつかった衝撃で細胞が損傷してしまっているんですね。
一方で私たちの身体を構成する分子もやっぱり運動しています。
その度合いが外の空気より高いとき、熱が身体の外に逃げて「冷たい」「寒い」と感じます。
ただし「熱」と「温度」はイコールではないので、そこはちょっとややこしいところです。
たとえば同じ温度でも、物質によってあきらかに熱の感じ方が違うことがありますよね。
70℃のお風呂に入るとすぐにやけどしてしまいますが、70℃のサウナだとぬるすぎて物足りないくらいかもしれません。
これは、液体のほうが気体よりも分子の密度がはるかに高いからです。
すると分子が肌に衝突してくる回数が違ってきて、受け取る熱エネルギーの総量が違ってくるわけですね。
ここまでをまとめましょう。
「熱」とは運動する分子がもつエネルギーそのもの
「温度」はそんな熱の流れによって変化する物質全体の状態
と、ざっくりこんなイメージでOKです。
温度はエネルギーの平均値を示す
70℃のお風呂のお湯は熱い。
70℃のサウナの空気は熱くない。
でもやっぱり温度はどちらも同じ70℃です。
では、いったい具体的に何が「同じ」だと言えるのでしょう?
それはズバリ、個々の分子がもつ運動エネルギーの平均値が同じなのです。
めちゃくちゃ適当な数値ですが、単純化した例で考えてみます。
- お風呂のお湯には1,000個の分子があって、全体で70,000の運動エネルギーをもっている
- サウナの空気には10個の分子があって、全体で700の運動エネルギーをもっている
お風呂の方は、サウナの100倍のエネルギーを内包しているので、入ると熱い。
しかし分子1つあたりのエネルギーを計算すると、どちらも同じ「70」ですよね。
両者から分子を1つずつ捕まえてくると、どちらも同じくらいの激しさで分子が動いているということ。
温度計はいわば、この平均的な動き具合を測っているわけです。
もちろん実際には、個々の分子がもつエネルギー量は全部バラバラで、運動の方向も全部バラバラです。
これらをひとつひとつ個別に特定することは原理的に不可能です。
それでもサウナ室とか浴槽みたいな「範囲」さえ決めてしまえば、ひとまずその範囲内の運動エネルギーの総量が定まって、その範囲内の分子量が定まって、分子1個あたりの平均の運動エネルギーが推定できるのです。
これがすなわち、熱力学的に考える温度の本質です。
温度とは「物質を構成する原子や分子1個あたりの平均的な運動エネルギー」を示すものである
ちなみにこの定義は「熱が自発的に移動して温度の均衡状態が生じる」という基本的な現象への説明をひとまず無視したものです。
そのあたりも含めて厳密かつ複雑に知りたい方は「温度の定義, エントロピー」とかでググってみてください。
絶対温度「ケルビン」とは
こうして「そもそも温度ってなんだろう」と考えてみると、私たちが普段使っている摂氏温度の基準は実はあまり本質的でないということがより感覚的にわかる気がします。
- 水の凝固点(水が氷になる=液体から個体になる温度)… 0℃
- 水の沸点(水が沸騰する=液体から気体になる温度)… 100℃
→ 2つの基準点を100等分した間隔を「1度」とする
これらの基準点は、「分子の運動」という観点からはまったく意味のある数字ではありませんよね。
「-80℃」のドライアイスも「37℃」の私たちの身体も、同じようにそれを構成する分子は動き続けています。
分子の運動を数値化するなら「マイナス」なんてものは出てこないはずです。
だったら摂氏の「0℃」って実際は全然ゼロじゃないじゃん!
氷の分子も運動していて、氷にも熱エネルギーがちゃんとあるわけだから。
絶対的な「ゼロ」の温度があるとしたら、それは分子の運動が止まった状態を言うべきでしょ。
まさにそういう視点に立つのが、絶対温度の単位「K(ケルビン)」なのです。
ケルビン卿の絶対温度
絶対温度という概念を世に広めたのは、イギリスの物理学者「ケルビン卿」こと ウィリアム・トムソン(1824-1907) でした。
ケルビンとは人を指す呼び名だったんですね。
ちなみに「ケルビン卿」という呼び名はトムソン氏に授けられた「ケルビン男爵」の爵位のことで、これは彼が勤めたグラスゴー大学の近くにあった「ケルビン川」の名に由来しています。
彼はこんなことを言い出しました。
摂氏ってなんか本質的じゃないからさぁ…
絶対的な「ゼロ」の温度を基準にして新しい目盛り作ろうぜ!
温度をより本質的に捉えるため、熱力学的に導ける最低の温度を目盛りの起点に設定しようと考えたわけです。
そうすればマイナスなんて出てこない温度計が作れますね。
熱力学的に導ける最低の温度とは、いわゆる「絶対零度(ぜったいれいど:Absolute zero)」の概念です。
これは要するに「分子の運動が完全に止まった状態」のことを意味します。
古典力学の理論上において原子や分子の運動エネルギーが極限まで小さくなり、すべての熱運動が静止した状態。
摂氏の「-273.15℃」に相当し、これ以下の温度は原理的に存在しない。
ただしケルビン卿はこのとき、原子や分子の運動に直接注目したわけではありません。
19世紀において原子や分子はまだ発見されておらず、そこまでミクロな世界のことは詳しくわかっていませんでした。
彼は絶対零度の存在を、気体の温度と体積の関係を表す「シャルルの法則」を利用して推定したのです。
一定の圧力のもとでは、気体の体積は温度に比例する
つまり気体には、温めると膨張していき、冷却すると縮んでいく法則性があるわけです。
ケルビン卿は、水の凝固点(摂氏0℃)における気体の膨張率が「0.00366」であることを突き止めます。
温度を1℃上げるごとに体積が3.66%ずつ増え、1℃下げるごとに体積が3.66%ずつ減っていく。
0.0036 って、大体 273分の1くらいじゃん。
じゃあ計算上は、気体を-273℃まで冷やしたらそのときの体積はほぼゼロになるってことだよね。
ちなみにここではあくまで「理想気体」という、計算用に単純化した気体を想定しています。
現実の気体では分子自体に体積があるし、そこまで冷やす前に液体や固体に状態変化してしまうわけですが、まあ理論上の話なのでそういう細かいところは無視して考えようよ、ということです。
気体の体積がゼロを下回るなんてことはあり得ないので、理論上この「-273℃」というのが温度の下限。
すなわち絶対零度なのだ、というのがケルビン卿の論でした。
ということで彼は、これを温度の起点とした新しい目盛り「絶対温度(熱力学温度)」を提案します。
絶対零度が「-273度」で氷点が「0度」ではないのです。
熱力学的にはむしろ、絶対零度が「0度」で氷点が「273度」というのが妥当なのです。
皆さん、これからの科学では絶対温度を使っていきましょう。
これが現在に伝わる絶対温度の単位「K(ケルビン)」の誕生です。
1954年にはさらに「水の三重点」という概念が取り入れられ、ケルビンをより厳密化した形で、世界で通用する国際単位系のひとつとして正式に採用されました。
- 絶対零度(理論上すべての分子が静止する温度)… 0K(-273.15℃)
- 水の三重点(氷と水と水蒸気が共存する臨界点)… 273.16K(0.01℃)
→ 2つの基準点を273.16等分した間隔を「1度」とする(摂氏の1度と等しい)
ケルビンの新定義とボルツマン定数
ケルビンの歴史には、実はもうひと展開あります。
つい最近の2019年5月になって、ケルビンの定義改定という出来事があったのです。
といっても基準点や1度の間隔が根本的に変わったわけではありません。
これまでずっと1ケルビンの幅は「水の三重点の273.16分の1」と定められてきたわけですが、その幅を表現するアプローチが変わったんですね。
新しくなったケルビンの定義というのがこちらです。
ボルツマン定数を1.380649×10−23J/K とすることによって定まる温度
はい、急にわけがわからなくなりました。
これも慌てずざっくりと読み解いていきましょう。
新定義の趣旨を一言でいえば、
「もう水がどうとかじゃなくて、運動エネルギーを元にしてケルビンの幅を決めようぜ」
ということです。
そのほうが熱力学的にもっと本質的だから。
かつてケルビン卿の絶対温度によって、「目盛りの起点」に関しては改善されましたよね。
水が氷になる温度をゼロとする摂氏の基準から脱却し、絶対零度という熱力学的に妥当な基準にシフトしたわけです。
ただ一方で「目盛りの幅」に関してはケルビンもやはり、摂氏のように「水の状態変化」という古い基準に従ってきたんですね。
しかし今となっては原子や分子の存在が発見されたことで、私たちが記事の前半で見てきたように、「温度は気体を構成する原子や分子1個あたりの運動エネルギーの表れである」という新たな関係性がすでに明らかになっています。
その関係性を表す数式が、
\(\frac{1}{2}mv^{2}=\frac{3}{2}kT\)
(m:質量、v:速度、k:ボルツマン定数、T:絶対温度 )
というもの。
ここで\(\frac{1}{2}mv^{2}\) は、運動エネルギーを意味します。
そしてそれは「 T:絶対温度」に「\(\frac{3}{2}k\)」という固定の値をかけただけのものに等しい、と。
つまりケルビンの新定義に登場した「ボルツマン定数」というのは、原子や分子の運動エネルギーと温度とを直接ひもづけるような関係係数なのです。
運動エネルギーが決まれば、ボルツマン定数を通じて、自動的に温度も決まる。
しかも物質の種類に関わらず。
ということは絶対温度ケルビンの「目盛りの幅」を考える上で、もはや「水の状態変化」などという微妙な基準を持ち出す必要はないのです。
運動エネルギーさえあればいい。それが温度の本質なんだから。
また摂氏に由来する水の制約を捨て去ってしまえば、より厳密な測定がしやすくなるメリットもあります。
- 水に含まれる同位体の組成比の影響を考えなくてよくなる
- 水を入れるガラス容器からの不純物混入の影響を考えなくてよくなる
- 水の三重点からかけ離れた超高温/超低温でも定義を実現しやすくなる
こういうわけで、近年の定義改定でケルビンは「運動エネルギー」という新たな基準を取り入れて、以前よりもっと物理学的な温度の本質へと近づいたというわけです。
まあボルツマン定数って元々「エネルギーの増加量」を「従来の摂氏1度の幅に相当する温度変化量」に合わせるための調整係数でしかないので、やっぱり間接的には摂氏のお世話になってるんですけどね。
単位は世界の解像度を反映する
以上、今回は絶対温度の単位ケルビンに関するあれこれを学んできました。
- 温度とは「物質を構成する原子や分子1個あたりの平均的な運動エネルギー」を示すもの
- ケルビンは原子や分子の運動が静止する「絶対零度」を起点とした絶対温度の単位
→ 絶対零度が 0K(-273.15℃)、水の三重点が 273.16K(0.01℃)、その273.16分の1が「1度」 - 2019年にケルビンの定義改定があり、水ではなく運動エネルギーに依存する定義となった
→ ボルツマン定数を1.380649×10−23J/K とすることによって定まる温度
温度の本質を捉えようとする人類の試み。
しかしそれが目に見えない尺度だということもあって、科学史の中でもなかなか基準や定義をバシッと決めきれない難しさがあるようでした。
私たちはいつも「温度」という言葉を気軽に使いまくっていますが、改めて「温度とは何か」と定義を考え始めると、それが実はものすごく難しくて奥深い問いであることに気づきます。
がんばって見出した定義も、あくまでその時点の知識に基づく暫定的なものですしね。
科学が発展していくと世界の解像度が上がって、今まで見えていなかったものが見えるようになります。
原子や分子が見えてしまった以上は、もうそいつらを無視するわけにはいかなくなる。
今まで普通に運用できていた定義も、それで途端にダメになってしまう。
そんな激しい変化を伴う科学研究の、もっとも基礎的な土台の部分に「単位を定義する」という営みがあります。
きっと単位の定義というものは、総じていつかは粗すぎて使えなくなる運命にあるのでしょう。
そしてだからこそ、今の単位の定義は今の世界の解像度をこのうえなく如実に反映しているとも言えると思うのです。
絶対温度ケルビンの定義がまた変わる日はくるのでしょうか。
そのとき人類には、いったいどんな世界が見えているんでしょうか。