「温泉につかって体の不調を癒す」という考え方は、古来から世界中で見られるようです。
日本においても、「湯治(とうじ)」と呼ばれる治療法が古くから知れらています。
湯治とはつまり、長期間にわたって温泉地に滞在・療養することで、温泉の効能によって病気やけがを治そうとすることです。
実際、温泉地に行くと大抵その温泉の効能がわかりやすく掲示されていますよね。
「肩こり・リウマチに効きます」とか「切り傷・やけどを癒します」とか、そういう記載です。
あれは何の根拠もなく掲げているわけではなくて、環境省が「療養泉」として定める分類に基づいているのです。
温泉の中でも特に、源泉温度や特殊成分量が一定以上であって、医学的に療養効果が期待できるもののこと。
10種類の泉質に分かれ、それぞれ対象となる「適応症」が定められている。
療養泉に含まれる成分は、ナトリウム・鉄・よう素・硫黄・ラドン…などなど、多岐にわたります。
その成分の性質と構成によって定義されるのが、温泉の「泉質」なのです。

この記事では、それぞれの泉質の特徴をざっくりまとめて比較します。
温泉の泉質一覧
環境省の定める「掲示用泉質名」によると、「療養泉」にあたる温泉の泉質は次のとおり分類されます。
- 単純温泉:25℃以上&溶存物質の含有量が1,000mg未満
- 二酸化炭素泉:二酸化炭素の含有量が1,000mg以上
- 炭酸水素塩泉:溶存物質の含有量が1,000mg以上&主成分が炭酸水素イオン
- 塩化物泉:溶存物質の含有量が1,000mg以上&主成分が塩化物イオン
- 含よう素泉:よう化物イオンの含有量が10mg以上
- 硫酸塩泉:溶存物質の含有量が1,000mg以上&主成分が硫酸イオン
- 含鉄泉:鉄イオンの含有量が20mg以上
- 硫黄泉:総硫黄の含有量が2mg以上
- 酸性泉:水素イオンの含有量が1mg以上
- 放射能泉:ラドンの含有量が3nCi以上
ちなみにここでいう「含有量」とはすべて、温泉水1kgあたりの成分量のことを指しています。
それでは順番に詳しく見ていきましょう。
① 単純温泉
源泉温度が25℃以上のもの(溶存物質の含有量が1,000mg未満)


単純温泉(たんじゅんおんせん)の特徴は、
無色透明・無味無臭のプレーンな泉質
です。
源泉温度が25℃以上であれば、単純温泉の定義に含まれます。
逆にそれ以外の特徴的な成分がこれといってあるわけでもないので、わりと普通のお湯に近い泉質ですね。
療養温泉として認められているのは、やはり温かい天然の鉱水であるからこそのリラックス効果・疲労回復効果が期待できるから。
また含有成分が少ないからこそ、お湯が柔らかく副作用のおそれが少ないというメリットもあります。
老若男女とわず誰でも安心して入れる、スタンダードな泉質と言えるでしょう。
②二酸化炭素泉
二酸化炭素の含有量が1,000mg以上のもの


二酸化炭素泉(にさんかたんそせん)の特徴は、
炭酸がシュワシュワ気持ちいい泉質
です。
ソーダ水のように細かい気泡がシュワシュワと発生することから「泡の湯」とも呼ばれます。
二酸化炭素泉の代表的な適応症は冷え性。
炭酸ガスが皮膚を通じて体内に吸収されると、私たちの体はもっと積極的に酸素を取り込もうとして血液の循環を促進させるんですね。
そのため血の巡りが良くなって、冷えてしまいがちな手先や足先までしっかりと温まります。
ただし血行が良くなるということは、その分のぼせやすいということ。
長湯のしすぎには注意が必要です。
③炭酸水素塩泉
溶存物質の含有量が1,000mg以上で、その主成分が炭酸水素イオンのもの


炭酸水素塩泉(たんさんすいそえんせん)の特徴は、
お肌がツルツルになる美容の泉質
です。
炭酸水素塩泉には、「炭酸水素イオン」と「ナトリウムイオン」の化合物である「炭酸水素ナトリウム(NaHCO3)」が豊富に含まれています。
炭酸水素ナトリウムとは、いわゆる「重曹(じゅうそう)」のことです。
弱アルカリ性の性質をもつ炭酸水素ナトリウムは、せっけんのように肌の角質や皮脂を溶かしてくれる作用があります。
重曹がよく油汚れの掃除や洗濯用の洗浄剤として使われることからも想像しやすいですね。
炭酸水素塩泉に入った後の肌はぬるぬるとした独特のつるすべ感があり、「美人の湯」とも呼ばれます。
ただしその分入浴後の肌は乾燥しやすいので、保湿ケアは忘れないようにしましょう。
④塩化物泉
溶存物質の含有量が1,000mg以上で、その主成分が塩化物イオンのもの


塩化物泉(えんかぶつせん)の特徴は、
身体がポカポカといつまでも温かい泉質
です。
「塩化物」とは塩素と何かの化合物のことで、代表的な成分は「塩化ナトリウム(NaCl)」つまり食塩です。
温かい海水のような温泉だとイメージしてください。
塩化物泉の最大の特徴は、高い保温効果です。
温泉に含まれる塩分が身体の表面をコーティングすることにより、汗の蒸発を防いで熱を体内に閉じ込める効果があるんですね。
入浴後もずっとポカポカと湯冷めしにくいことから、通称「熱の湯」とも呼ばれます。



さむーい冬に入りたくなる泉質No.1です。
⑤含よう素泉
よう化物イオンの含有量が10mg以上のもの


©(公社)千葉県観光物産協会/提供 (公社)千葉県観光物産協会
含よう素泉(がんようそせん)の特徴は、
飲んで内側を整える薬みたいな泉質
です。
非火山性の温泉に多く、その名のとおりよう素を多く含む温泉です。
よう素とは昆布などの海藻類に多く含まれるミネラルで、イソジン(うがい薬)やヨードチンキ(消毒薬)などの主成分としても有名。
色も匂いも、まさにうがい薬といった感じです。
消毒液に採用されるだけあって、抗菌・殺菌作用をもっています。
そして含よう素泉の療養効果というのは、入浴よりむしろ飲用において発揮されます。
温泉水をコップに100mlほど入れて、そのままごくごくと飲むわけですね。
よう素の摂取は甲状腺ホルモンの分泌を促進します。
それによりコレステロールの分解がスムーズになり、ひいては動脈硬化の予防につながるとされています。
ただしよう素を過剰摂取すると、逆に甲状腺機能の低下症を招く恐れがあります。
特に甲状腺疾患のある人は、含よう素泉を飲んではいけません。
⑥硫酸塩泉
溶存物質の含有量が1,000mg以上で、その主成分が硫酸イオンのもの


硫酸塩泉(りゅうさんえんせん)の特徴は、
傷の痛みを和らげるダメージ回復の泉質
です。
硫酸塩泉は特にやけどや傷によく効くことから、「傷の湯」とも呼ばれます。
硫酸イオンと結びついたカルシウムやマグネシウムといった含有成分は鎮静作用をもち、身体の様々な痛みを和らげる効果があるのです。
また皮膚の炎症を鎮め、新陳代謝を促進する働きがあるので、傷の回復自体を早める効果も期待できます。
さらに飲用すれば、胆汁の分泌を促して胃腸の調子を整える効果があるとされています。
便秘の改善や肝臓機能の向上にも役立ちます。



「硫酸」って結構おそろしい響きですが、温泉ではまさかの回復系なんですね。
⑦含鉄泉
鉄イオンの含有量が20mg以上のもの


©一般財団法人神戸観光局
含鉄泉(がんてつせん)の特徴は、
身体の芯まで温まる鉄分チャージの泉質
です。
含鉄泉の多くは金色~赤褐色をしており、錆びた金属の独特な匂いを放っています。
これは温泉に豊富に含まれる鉄分が空気に触れて酸化鉄となっているため。
鉄は熱伝導率が高いので、短い時間でも身体の芯にまで熱が伝わって、内側からじんわり温まることができます。
また飲用することで、不足しがちな鉄分をダイレクトにチャージすることも可能。
女性に多い冷え性や貧血といった症状には特にピッタリなので、含鉄泉は「婦人の湯」ともいわれます。
日常生活においても実用的な泉質と言えそうですね。
⑧硫黄泉
総硫黄の含有量が2mg以上のもの


©Igorberger
硫黄泉(いおうせん)の特徴は、
温泉の王道をゆく強烈な匂いをもつ泉質
です。
その最大の特徴は、何といっても強烈な硫黄の匂いです。
厳密には「硫化水素の匂い」と言ったほうが正しいですね。
よく「腐ったゆで卵の匂い」とも形容されますが、あの独特な香りが漂ってくると「ああ、温泉地にやってきたなあ」という気分が一層高まる感じがします。
お湯の色は濃密な美容液のような乳白色。
硫黄のもつ様々な性質が、幅広い作用をもたらしてくれます。
- アトピーなどの皮膚疾患の症状緩和
- 関節痛や筋肉痛の痛みを和らげる
- 血行の促進、新陳代謝の活性化
- ぜんそくなど呼吸器系疾患の症状緩和
- 糖尿病など生活習慣病の改善
などなど、効能の面でも「温泉の王様」といった感じの泉質です。
ただし硫黄は刺激の強い成分でもあるので、肌や身体との相性には注意が必要です。
⑨酸性泉
水素イオンの含有量が1mg以上のもの


酸性泉(さんせいせん)の特徴は、
抜群の殺菌力を誇るパワー系の泉質
です。
「酸性泉」という名前から連想できるように、肌がピリピリするほど刺激の強い泉質となっています。
高齢者の方や肌の弱い方は、肌に悪影響が及ぶことがないよう特に注意が必要です。
しかしその分、酸性による殺菌消毒作用は抜群。
皮膚の表面をはがして新陳代謝が促進されるほか、アトピーなど細菌由来の皮膚疾患には有効だとされています。
酸性泉からあがったら、しっかりシャワーで温泉成分を流してから出るのがよさそうですね。
そして飲用すると胃がただれる恐れもあるので、そのまま飲むのは原則NGです。
⑩放射能泉
ラドンの含有量が3nCi(ナノキュリー)以上のもの


©663highland
放射能泉(ほうしゃのうせん)の特徴は、
放射線が細胞を活性化させる泉質
です。
ラドンは放射性元素というカテゴリーに入る物質のひとつで、放射能(放射線を放出する能力)をもっています。
基準値の「3nCi(ナノキュリー)」とは現在の単位で「111ベクレル」くらいに相当し、これは一般食品に含まれる放射能と大体同程度の強さです。
放射線というと体に悪影響を及ぼす怖い存在というイメージがありますが、それは大量の放射線を浴びた場合。
私たちは意外と日常的に、地中の放射性物質から被ばくしたり、食品中の放射性物質を食べて内部被ばくしたりしているんですね。
その被ばく量がわずかであればかえって健康に良いという「放射線ホルミシス」と呼ばれる考え方にもとづいて、放射能泉もまた療養泉に位置づけられています。
少量の毒が薬になるように、少量の放射線は人体に刺激を与えて活性化させ、有益な効果が得られるとする仮説。
影響範囲の特定や医療的な実用可能性については研究段階にあるものの、発がんリスクの抑制性も示唆されている。
ちなみに環境省の資料によれば、温泉に含まれる微量の放射能は炎症に効果的とされています。
全身の細胞を活性化させるので「まあ大抵の身体の不調には効くでしょう」ということで、巷では「万病の湯」として幅広い効能が期待されているようです。



研究途上ゆえのミステリアスさもあって、面白い泉質ですね。
比較のまとめ
ということで、今回は療養泉の10種類の泉質をそれぞれ学んできました。
- 「単純温泉」は、無色透明・無味無臭のプレーンな泉質
- 「二酸化炭素泉」は、炭酸がシュワシュワ気持ちいい泉質
- 「炭酸水素塩泉」は、お肌がツルツルになる美容の泉質
- 「塩化物泉」は、身体がポカポカといつまでも温かい泉質
- 「含よう素泉」は、飲んで内側を整える薬みたいな泉質
- 「硫酸塩泉」は、傷の痛みを和らげるダメージ回復の泉質
- 「含鉄泉」は、身体の芯まで温まる鉄分チャージの泉質
- 「硫黄泉」は、温泉の王道をゆく強烈な匂いをもつ泉質
- 「酸性泉」は、抜群の殺菌力を誇るパワー系の泉質
- 「放射能泉」は、放射線が細胞を活性化させる泉質
全国にはいろいろと有名な温泉地がありますが、それぞれ泉質がまったく違うのも温泉巡りの楽しみを演出してくれますね。
また泉質ごとの適応症に着目して、自分の体に合った効能を求めて遠方の温泉を訪ねるのも良さそうです。
それでは最後に、泉質ごとのデータを表にまとめてみましょう。
泉質名 | 主な含有成分 | お湯の色 | いいところ | 適応症の例 |
---|---|---|---|---|
①単純温泉 | ー | 無色/薄青 | 低刺激でみんな安心 | 不眠症/うつ |
②二酸化炭素泉 | 二酸化炭素 | 無色 | 血の巡りが良くなる | 冷え性/ 末梢循環障害 |
③炭酸水素塩泉 | 炭酸水素イオン | 無色/薄茶 | 肌がなめらかになる | 切り傷/ 皮膚乾燥症 |
④塩化物泉 | 塩化物イオン | 無色/薄茶 | 保温効果がばっちり | 冷え性/ 萎縮性胃炎(飲用) |
⑤含よう素泉 | よう素 | 茶褐色 | 動脈硬化を予防する | 高コレステロール血症 (飲用) |
⑥硫酸塩泉 | 硫酸イオン | 無色 | 痛みを鎮め傷を治す | 切り傷/ 便秘(飲用) |
⑦含鉄泉 | 鉄イオン | 金/赤褐色 | 身体が芯まで温まる | 冷え性/ 鉄欠乏性貧血(飲用) |
⑧硫黄泉 | 総硫黄 | 乳白色 | 広い効能とザ温泉感 | 慢性湿疹/ 糖尿病(飲用) |
⑨酸性泉 | 水素イオン | 無色/白濁 | 強めの殺菌消毒作用 | アトピー性皮膚炎/ 尋常性乾癬 |
⑩放射能泉 | ラドン | 無色 | 万病に効果あるかも | 痛風/ 関節リウマチ |



個人的な推し泉質は、硫黄泉でしょうか。
帰宅した後もまだ服がちょっとクサい感じがたまりません。