中国料理は、フランス料理・トルコ料理と並んで世界三大料理のひとつとしても数えられます。
長い歴史の中で洗練されてきた調理法や食材の多様性は世界各国に伝播し、もちろん日本の食文化においても中国料理は多大な影響を与えてきました。
しかしひとくちに中国料理といっても、その内実は驚くほど多種多様なスタイルがあって、「中国料理とはこういうものである」と一概には言い表せません。
発展の舞台である中国には広大な国土が広がっていますからね。
地形も気候も、民族も文化もその地域によってバラバラ。
そうなると当然、それぞれの地理的・文化的背景に基づいた料理の体系が形成されていくわけです。
その多様な地域性をわかりやすく捉えるための補助線が、「中国四大料理」という分類です。
おおまかに中国全体が「北・東・西・南」の四エリアに割り当てられています。
- 北京(ペキン)料理【北方系】
- 上海(シャンハイ)料理【東方系】
- 四川(しせん)料理【西方系】
- 広東(カントン)料理【南方系】
この記事では、中国四大料理に分類されるそれぞれの食文化の特徴や成立の背景についてまとめています。
分類を知っているだけで、町の中華料理店でメニューを選ぶ時間もより楽しくなるかもしれません。
中国四大料理の分類と特徴
まずは中国四大料理のざっくりとした特徴と、代表的な料理の例をまとめて見てみましょう。
菜系 | 味の特徴 | 代表的な料理 |
---|---|---|
北京料理【北方系】 | こってり強い塩味 | 北京ダック、水餃子 |
上海料理【東方系】 | 自然な甘さと旨み | 小籠包、八宝菜 |
四川料理【西方系】 | 痺れる辛味と酸味 | 麻婆豆腐、回鍋肉 |
広東料理【南方系】 | 素材の味を活かす | 焼売、チャーシュー |
この分類は日本でよく用いられているもので、ルーツとしては中国の清王朝初期に登場した菜系(さいけい:ツァイシー)と呼ばれる区分法に由来しています。
菜系は地域ごとの料理の体系を細かく類型化したもので、特に東西南北をそれぞれ象徴するものが「四大菜系」と位置付けられました。
- 魯菜:ルーツァイ(山東料理)【北方系】
- 蘇菜:スーツァイ(江蘇料理)【東方系】
- 川菜:チュアンツァイ(四川料理)【西方系】
- 粤菜:ユエツァイ(広東料理)【南方系】
ご覧のとおり中国での元々の四大菜系の基準は、日本で一般的な中国四大料理におけるそれとは少し異なっています。
北方系では 山東料理 → 北京料理
東方系では 江蘇料理 → 上海料理
と、代表する料理の地名に変化が生じていますね。
これはおそらく北京と上海が有名な大都市だということで、日本での知名度が先行して置き換わった形と考えられます。
とはいえ北京料理は山東料理の流れを、上海料理は江蘇料理の流れを中核として発展してきた面があるので、日本版の分類もあながち的外れというわけでもなさそうです。
ということで以下は、日本で一般的な「中国四大料理」の分類に基づいて解説していきますね。
こってり強い塩味!北京料理
北京(ペキン)料理は、北方系の料理体系。
中国の首都として有名な都市である北京を中心に確立してきました。
その源流となったのは、北京に近い山東省で広まった「山東料理」。
山東料理は、10世紀頃の北宋時代に発祥をもつ歴史のある料理体系です。
今の北京料理としての基盤が成熟し始めるのは、17世紀に北京を首都とする清王朝が成立した頃からでした。
宮廷に仕える官僚や料理人として山東省出身者が多く登用されたこともあり、伝統的な山東料理のノウハウが「宮廷料理」の役割の中で発展していったわけです。
皇帝の食卓に供される料理ということで、
・洗練された繊細な調理技術
・見た目の豪華さや美しさ
といった方向性のもと豊富なメニューが充実していきます。
- 北京ダック
- 水餃子
- 饅頭(マントウ)
- 皮蛋(ピータン)
- 羊肉の焼肉/しゃぶしゃぶ
食材の傾向としては、小麦粉を使用したものが多いのが特徴です。
例えば北京ダックを包む薄餅(バオビン)や餃子の皮、麺類や饅頭などに小麦粉が使われています。
北の方では降水量があまり多くなく米の栽培にはイマイチなので、代わりに小麦の畑作農業が根付いていました。
そのため伝統的に小麦粉ベースの食べ物を主食とする文化が育ったんですね。
また雪が多くて寒いのが悩みなので、脂肪やタンパク質をしっかりと補給すべく、脂たっぷりで塩味の強い、こってりと濃い味付けが多く見られます。
塩を大量に使用して調理することで、食事を通して体温を高く維持できるほか、厳しい環境においては保存食としても有利になるのです。
そして料理の主役は、エネルギー補給に適した豚・羊・アヒルを中心としたガッツリ系の肉料理。
北京料理は、寒冷地由来の豪快さと宮廷由来の繊細さとを両方あわせもった料理体系だと言えそうです。
自然な甘さと旨み!上海料理
上海(シャンハイ)料理は、東方系の料理体系。
「江蘇料理」とよばれる江蘇省の郷土料理を基礎として、江南(こうなん)地方の様々な料理を融合させて形成されました。
江南地方とは、中国を横断する長江(ちょうこう)の下流部の南側のエリア一帯のことを指しています。
このあたりは長江と東シナ海の合流地点にあたるため、川の淡水魚やエビカニなどの海産物が豊富。
また肥沃な土地と温暖な気候のおかげで農業にも向いており、中国有数の穀倉地帯となっています。
米、野菜、果物…そして新鮮な魚介類まで揃っているわけなので、こうした豊かな資源を活かした食文化が育っていきました。
北方系ほどの塩の使用はなく、代わりに砂糖や醬油を多用した甘辛い味付けが多いのが特徴的です。
また黒酢によるトロッと甘酸っぱいあんかけを使った料理も見られます。
蒸し料理・煮込み料理など、食材本来の旨みを引き立てながらも、深みのある濃厚な味わいを楽しめるメニューが揃っています。
- 小籠包
- 八宝菜
- 上海蟹の姿蒸し
- トンポーロー(豚の角煮)
- 生煎饅頭(蒸し焼きまんじゅう)
特に上海という都市における料理の発展の背景には、経済の中心地としての上海自体の発展も大きく関係していました。
恵まれた資源をもちながら海に面した上海は、特に19世紀後半~20世紀初頭にかけて大きく成長し、国内外の物流を支える貿易拠点となっていきます。
商業都市である上海には富裕層が多いこともあり、レストラン文化・都市的な外食産業も広まっていきました。
資本主義的な競争の中で、よりシビアに料理の質が求められるようになったほか、カニ・アワビ・フカヒレなどの高級食材を用いた料理のニーズも大きかったことでしょう。
上海の料理人たちは、交易を通じて流入する外国の食文化も積極的に取り入れながら、こぞって料理の研究を重ねる必要があったわけです。
地方産の豊かな食材と伝統的な調理法を用いながら、近代的な都市文化もまた上海料理のエッセンスになっているんですね。
痺れる辛味と酸味!四川料理
四川料理は、西方系の料理体系。
中国の内陸部にある四川省のあたりで育まれました。
このあたりは2000メートル級の山々に囲まれており、平たくくぼんだ四川盆地と呼ばれるエリア。
四季の気温差が激しい気候ですが、湿度が高く曇りや雨が多いという点は年間を通して一貫しています。
- 夏は高温多湿、うだるような蒸し暑さ
- 冬は極寒、じめじめとした底冷え
体力を奪われやすい気候条件の中で、体調管理・健康維持は暮らしの最優先課題でした。
四川料理の一番の特徴はなんといっても香辛料をたっぷり使用した辛い味付けです。
これは湿度の高い環境において健康を保つための、薬膳としての役割があったと考えられています。
中国医学の理論に基づき、食事によって体のバランスの崩れを正すための療法。
体内にたまった湿気を取り除くため、体を温め発汗させる辛い食材が有効とされる。
実際、辛い食べ物は胃腸の働きを活性化させ、発汗作用によって体温調節をスムーズにする効果が期待できます。
また抗菌作用もあるので、高湿な土地でも食中毒のリスクを軽減することにもつながったのでしょう。
人々の健康を守る必要性に駆られて、四川では辛みを軸とした多様な料理が生み出されてきました。
- 麻婆豆腐
- 回鍋肉
- 担々麺
- 棒棒鶏
- 青椒肉絲
四川料理の辛みは「麻辣(マーラー)」と表され、「麻(マー)」と「辣(ラー)」に分かれます。
麻味(まみ、マーウェイ):花椒によるピリッと痺れるような辛さ
辣味(らつみ、ラーウェイ):唐辛子によるヒリヒリと焼けるような辛さ
ひとくちに「辛い」といっても方向性の違う辛さの種類があって、それらが組み合わされていることで辛さに深みが生まれるわけですね。
花椒(かしょう、ホワジャオ)は四川州の代表的な特産品で、古くから四川料理の調味料として用いられてきました。
対して唐辛子はメキシコ原産ですから、それがヨーロッパを通じて中国に伝わったのは16世紀以降のこと。
秦の始皇帝の時代から郷土料理として続いてきた四川料理の歴史から見ると、辣味の登場はかなり最近の出来事です。
四川料理は、伝統的に受け継いできた花椒の辛みに、異文化である唐辛子の辛みを取りこんでブレンドすることで、さらに辛みを増して他にないアイデンティティを獲得したのです。
素材の味を活かす!広東料理
広東料理は、南方系の料理体系。
広東省の首都である広州は、中国のことわざで「食は広州にあり」といわれるほど、美食の中心地として知られています。
その特徴はやはり、圧倒的な食材の多様性にあります。
沖縄よりもさらに赤道に近く温暖な気候なので、様々な野菜・穀物・新鮮な魚介が豊富にとれるほか、パイナップルなど南国のフルーツも入手可能。
古くより海外との貿易も盛んだったので、異国の食文化を吸収しやすい環境にもありました。
また広東の人々には「食べられるものはなんでも食べる」のマインドが根付いているようで、いわゆる「珍味」とされるような変わった素材も多く料理に採用されています。
一見食べられなさそうなツバメの巣やフカヒレが現在では高級食材として認識されているのも、広東料理の功績と言えるでしょう。
食に対する飽くなき探求心があってこその食文化。
美食の町にふさわしいバラエティ豊かな料理の数々が花開くのも納得ですね。
- 焼売
- チャーシュー
- 酢豚
- ワンタン
- フカヒレスープ
広東料理の味付けは、淡白でさっぱりしているのが特徴です。
食材の選択範囲が広く新鮮で上質な素材を使えるので、素材自体がもつ本来の旨みを活かしてそのまま楽しもうという発想になるわけです。
また季節によって旬の食材や味付けを使い分ける傾向もあり、
- 夏や秋は特にあっさりと淡白に仕上げる
- 冬や春になると比較的濃厚な味わいを求める
といった志向の変化も見られます。
素材の鮮度と季節感を重視して繊細な味付けでその持ち味を引き出そうとする点では、和食のスタイルにも通じるところがありそうですね。
ちなみに日本の中華料理店でもよく提供されている「飲茶(ヤムチャ)」と呼ばれる食事のスタイルも、香港・マカオといった広東料理の食文化圏において発展してきた様式です。
点心(= 焼売、ゴマ団子などの軽食)をつまみながらゆったりとお茶を楽しむ習慣。
家族や友人とテーブルを囲むコミュニケーションの場、リラックスの場として活用される。
一口サイズの点心のメニューが数えきれないほど並んでいると、お茶を片手にその日のセレクトを考えるだけでも食の楽しみになりますよね。
食事を単なる栄養補給ではなく楽しむ時間として求める飲茶の文化は、まさに広東料理の食へのこだわりと多様性を象徴していると言えそうです。
広く深く複雑な中国料理
というわけで今回は、中国四大料理のそれぞれの特徴をまとめて比べてみました。
- 【北】北京料理:厳しい寒さに対抗するためのこってり濃い塩味と、宮廷由来の豪華な美しさ
- 【東】上海料理:甘みも使った地域の伝統的な味わいと洗練された都市文化とのハイブリッド
- 【西】四川料理:高温多湿な盆地で健康に生き抜くための花椒と唐辛子による「麻辣」の辛さ
- 【南】広東料理:食材の多様性と食への探求心が育んだ、全国各地の名物料理と珍味の集大成
もちろんこれらの分類は、奥深い中国料理の全体像をかなり単純化して捉えた分類にすぎません。
「中国四千年の歴史」とよく聞くフレーズもありますが、これはべつに「中国」という特定の王朝が一つの文化を熟成させてきたわけではなくて、実際は限られた土地の中で様々な民族と文化が入り混じりながら、混沌とした興亡を繰り返しながら歴史を紡いできました。
例えば現在に続く北京料理が特に発達したのは17世紀の清王朝においてでしたが、北京はそれ以前から明王朝の首都でもあり、さらにその前は元王朝の首都でもありました。
いずれも北京が中心地だったわけで、宮廷料理としての北京料理の起源を辿ろうと思えばその頃にまでさかのぼれるわけです。
ただし清も民も元も、国を建てた民族は全部バラバラで、まったく別の王朝なんですね。
・「元」は遊牧民モンゴル人による王朝
・「明」は秦や漢の頃から続く漢民族による王朝
・「清」は満州の女真族による王朝
場所を同じくしているものの、それぞれに異なる独自の食文化をもっています。
そしてそのどれもが場所を同じくすることで、総体として「中国の料理体系」を構成しているのです。
中国という広大な舞台で、膨大な年月を経て、膨大な個々の食文化同士が互いに影響を与えたり与えられたりし続けているダイナミックな流れのあくまで現況を、本来の中国料理の姿と言うべきでしょう。
そう考えるとめちゃくちゃ複雑で、これを東西南北に四分割するなどというのはちょっと浅すぎる理解にも思えてきます。
とはいえ、複雑なものを複雑なまま理解するのは難しすぎるので、まずは分かりやすい補助線がほしいのもまた事実。
中国四大料理という枠組みは大雑把ではあるものの、中国料理の奥深さと複雑さを知るための補助線として有用だと思うのです。
中華料理店のメニューを見るとき、それが東西南北どのエリアで生まれた料理なのかとか、料理の背景にある歴史や地理や文化はどんなものかとか、体系的に捉えようとする視点を意識するだけで、食事がさらに楽しくなりそうですよね。
ちなみに「中国八大料理(八大菜系)」という、さらに細かめの補助線もあります。
知れば知るほど奥深い中国料理の世界、興味のある方はぜひ深掘りしてみてください。
- 山東(さんとう)料理
- 江蘇(こうそ)料理
- 四川(しせん)料理
- 広東(カントン)料理
- 福建(ふっけん)料理
- 浙江(せっこう)料理
- 湖南(こなん)料理
- 安徽(あんき)料理
普段小食な私ですが、たまーに町中華の超ボリュームの料理に囲まれたくなることがあります。