魯迅の代表作『阿Q正伝』のあらすじをわかりやすく簡単にまとめました


中国文学を代表する作家である魯迅(ろじん:1881-1936)
短編小説『故郷』は中学3年生用の国語教科書に掲載されているので、そこで作品に触れた方は多いはず。

今回ご紹介するのは、そんな彼の代表作のひとつ『阿Q正伝(あきゅうせいでん)』です。
その特徴的な表題はインパクト抜群で、中国の近代文学の中でもひときわ異彩を放っていますよね。

中国文学史に名を刻んだ魯迅の代表作『阿Q正伝』、国語の教科書でおなじみ『故郷』、有名なデビュー作『狂人日記』などを含む9作品を収録した短編集。

この「阿Q」というのは、人の名前を指しています。
「阿」は愛称をつくる接頭語、「Q」が名前の部分です。

だから「阿Q正伝」とは、言い換えれば「Qちゃん物語」みたいな感じでしょうか。

この記事では、『阿Q正伝』のストーリーをざっくり理解できるよう簡単にまとめています。

ユーモアあふれるキャラクターと展開ですが、同時に当時の中国社会への批判に満ちた作品となっています。

目次

『阿Q正伝』のあらすじ

ある村の下層階級に、素性のよくわからない貧しい男がいた。
人はみな彼を「阿Quei(あくぃ)」と呼ぶけれども、漢字表記も不明であるから「阿Q」と記載することにしよう。
これは、そんな取るに足らない一般庶民「阿Q」の、愚かで哀れな生涯を書き留めた伝記である———。

主な登場人物

  • 阿Q(あキュー)
    本作の主人公。家なし・職なし・彼女なし。ケンカも弱いハゲ頭という残念なプロフィールを持つ男。
    しかしプライドだけは人一倍強く、何があっても正当化とこじつけで「勝利」を得て満足している。
  • 秀才(しゅうさい)
    地方の名士・趙(チャオ)家の息子。
    難しい「秀才」の試験に合格した優等生なので、阿Qは「秀才」と呼ぶ。
  • 偽毛唐(にせけとう)
    地方の名士・銭(チェン)家の息子。
    海外留学して西洋かぶれになって帰ってきたので、阿Qは「偽毛唐」と呼ぶ。

ストーリー

舞台は20世紀初頭の中国。
政治体制の根幹が今まさに大きく揺らいでいる、辛亥革命真っ只中の時代です。

辛亥革命(しんがいかくめい)

1911年~1912年にかけて中国でおこった共和革命。
孫文らが清王朝の皇帝政治を倒し、アジアで最初の共和政国家「中華民国」を樹立した。

阿Qの精神勝利法

とある小さな田舎の村に、本名も素性もよくわからない「阿Q」という男がいました。
彼は住む家がないので神社仏閣に寝泊まりし、また定職もないので村で日雇いの仕事を探しながらなんとか暮らしています。

プライドの高い阿Qは自分のハゲ頭がコンプレックスで、「ハゲ」という言葉が大嫌い。
「光る」とか「明るい」とか、ハゲを連想させるような言葉も軒並みすべて嫌っていて、そうした言葉にいちいち突っかかっていました。

村の人

いや~最近18時でも全然明るいよねぇ

阿Q

明るい…?俺のハゲが輝いてるってか?
誰がハゲや!表出ろコラ!

NGワードが聞こえてくると、阿Qはひとまず敵を睨みつけて威嚇します。
さらに相手が弱そうであれば、積極的に怒鳴り込んでケンカをしかけていったりもしました。

しかし阿Qはそれよりもさらに弱かったので、いつも返り討ちにあっていました。

周りの人々は余計に阿Qを見下すようになり、わざとらしく馬鹿にされることも増えていきます。
しかしそれに我慢できず殴りかかると、やっぱり負けてボコボコにされるのです。

一旦は落ち込む阿Qですが、彼は開き直ることに関しては一流でした。

阿Q

これはアレか。親がバカ息子に殴られたようなもんか。
上の人間への接し方もこんな田舎の連中には理解できないのかね。
なんだかなぁ、最近の世の中はどうかしちまってるわ。
まあ今回も「試合に負けて勝負に勝った」って感じよな。

これが阿Qの得意技「精神勝利法」でした。
ケンカに負けてもあれこれと合理化をこねくりまわして、なんやかんやで最終的には「俺の勝ち」という結論に持っていくのです。

阿Qは周囲のあらゆる人に馬鹿にされ、客観的にはひどい目にあわされ続けているわけですが、精神勝利法という最強のマインドセットのおかげで、本人の内面は満足そのものでした。

村の人々とのいざこざ

ある日阿Qは道端で、地方の名士である「銭(チェン)家」の息子を見かけます。
彼は都会にあるキリスト教系の学校へ通い、海外留学を経て帰ってきた優等生でした。

銭家の息子は海外生活の中で当時の中国で一般的だった辮髪(べんぱつ)も切り落としており、そんな彼を阿Qは「偽毛唐(にせけとう)」と名付けてめちゃくちゃ嫌っていました。
つまり「西洋人かぶれのクソ野郎」みたいな意味です。

辮髪(べんぱつ)

男子が頭髪をそり上げ、後頭部だけを伸ばして三つ編みにして下げる髪型。
清王朝を建てた女真族(じょしんぞく)の伝統スタイルで、中国支配の過程でこれに従わない漢民族は処罰された。
清の末期の頃にはもはや一般常識として扱われるようになっていた。

阿Qはこの日すごくイライラしていたので、歩いてきた偽毛唐とすれ違う際、

阿Q

このハゲ坊主のまぬけ野郎…

と、本人は心の中で悪態をついたつもりだったのですが、ついつい口に出してしまいました。
するとそれを聞き逃さなかった偽毛唐はきびすを返し、持っていたステッキで阿Qの頭をビシビシと打ちます。

偽毛唐

お前あんま調子乗んなよ?
(ビシッビシッ)

阿Q

痛ぁ!いや違うんですよ!
あそこにいるガキのことを言ったんです!

阿Qの必死のフォローもむなしく、いつものようにボコボコにされてしまうのでした。

ひとしきり打ち終わると、満足して立ち去っていく偽毛唐。
そして危機が去ると、阿Qはいつものように「精神勝利法」ですぐに心の平穏を取り戻します。

しかしその後、なんだか弱そうな尼(あま)さんが歩いているのを見ると、それまでのイライラが再びよみがえってきました。
阿Qは彼女につばを吐きかけ、頭にちょっかいを出します。

阿Q

今日こんなに運が悪いのはてめぇのせいだ!
早く帰れハゲ!

ちょっと、何するんですか…!

阿Q

うるせぇ、オラ!

阿Qは尼のほっぺたをつまみ上げて思い切りひねって突き飛ばしました。
理不尽な暴力に、泣いて逃げる尼。

珍しく敵を打ち負かした阿Qは、偽毛唐の一件などすべて忘れて、これまでの不運が報われたような爽やかな気分になりました。
遠くの方で尼の捨て台詞が聞こえます。

このばちあたりめ!きっとお前の世継ぎは絶えてしまうでしょう…

勝利の味に大満足の阿Qでしたが、その日の夜はなんだか寝付けませんでした。
尼さんの柔らかいほっぺたをつまんだ、あの指の感触が忘れられないのです。

阿Q

あ~俺って彼女いないんだなぁ…
たしかにこのままだと世継ぎも絶えるわな。
ああ、女、女…女…!

阿Qはもうすっかり女のことで頭がいっぱいになってしまいました。

阿Q、居場所を失う

ある日阿Qは、地方の名士である「趙(チャオ)家」で日雇いの雑用仕事をしていました。

作業の合間に台所で煙草を吸っていると、趙家に仕える女中がやたらと話しかけてきます。

女中

ちょっと聞いてくださいよ。
うちの奥さん、最近ご飯をあまり召し上がらなくて~

阿Q

女、女…

女中

若奥さんは今度赤ちゃんが生まれるんですね、だから~

阿Q

あぁ、女…!

女中

ちなみにうちの若奥さんって~

阿Q

ぁああ女ァ!(ガシッ)

女中

キャーー!

暴走する阿Q。
しかし女中には大声で助けを呼ばれてしまいました。

そこへ駆け付けたのが、趙家の息子です。
彼は科挙の合格者で、「秀才」と呼ばれるエリートでした。

科挙(かきょ)

中国で1,300年にわたって続いていた国家官僚登用のための試験制度。
非常に難関な試験で、これに合格すればエリートとして出世街道に乗り裕福な生活が望めた。

秀才は竹の棒を振り下ろして阿Qの頭をバシバシ殴ります。

秀才

貴様何をしてる!このバカ者が!

阿Q

すみませ…っ痛ぁ!

頭をかばった指先の、しかも関節のところに棒がヒットしてしまい、地味な激痛が阿Qを襲います。
これには阿Qもたまらず台所を飛び出し、外へと逃げていくのでした。

こんなことがあったので、阿Qは日雇いの収入源である趙家を出禁になり、また村のほかの仕事にもなかなかありつけなくなってしまいました。

もともと家もお金も人望も何もない阿Q。
いよいよ生活の危機です。

困窮した阿Qは、仕方なく村を出て、都会へと旅立っていったのでした ——。

帰ってきた阿Q

それからしばらく月日が流れ。
阿Qが再び村に現れたらしいと噂が立ち上ります。

しかし都会から帰ってきた阿Qは、なにやら別人のようにセレブっぽくなっていました。
着物やら銀貨やらをたんまり持ち歩いていているようです。

村の人

やあ阿Q、帰ってきてたのか。
どこいってたんだ?

阿Q

ああ、都で挙人旦那の家に仕えていたよ。

村の人

挙人旦那…⁉
あの科挙にも合格した有名な超エリート家系じゃないか…
すごいな阿Q!

村のみんなは手のひらを反したように阿Qを持ち上げます。

阿Qも気持ちよくなって、持っている着物やら何やらを格安で譲っていたので、すぐに彼の財産は底を尽きてしまいました。

村の人々は阿Qのことを「成功者」として認識し、ありがたがって色々と話を聞きにきます。
また着物を売ってくれないか。ほかにどんな財があるのか。そもそもどうやって財を稼いできたのか。

しかしよくよく聞いてみれば、阿Qが実際に都会でしたことといえば、盗賊の下っ端にすぎませんでした。
盗賊としての仕事も満足にこなせなかったので、押し入った家の外でただ盗品を受け取るだけの荷物持ちです。

それすら途中で怖くなったので、盗品を持ったまま村へ逃げ帰ってきた、というのが事の真相でした。
阿Qは臆病な泥棒にすぎなかったのです。

それを知った村の人々は、再び態度を戻します。
財産を豊富にもつ阿Qはありがたく見えましたが、今となってはやはり取るに足らない凡人でした。

革命の勃発

ある夜、挙人旦那の率いる一群が都会からこっそり村へやって来て、趙家を訪ねていたのが目撃されました。

どうやら国内では「革命党」という組織が勢力をつけていて、権力者を打倒しようとしているらしい。
名家である挙人旦那はその勢力を恐れて、この村まで避難しに来たんじゃないか。
いやそうではなく、革命に備えて財産を趙家に隠しにきたのだ。
と、こういった噂が村に広まります。

趙家も国家官僚に近いエリート家系なので、田舎とはいえやはり革命勢力は脅威の対象でした。

阿Qは都会へ行っていた際、革命党員が広場で首を切られる様子を見たことがあります。
そのときは「なんかよくわからないけど悪い人」くらいに考えていました。

しかし、いけ好かない権力者がこれほどおびえている様子を見ると、阿Qはなんだか嬉しくなってきました。

阿Q

革命ってなんかいいなあ…!俺もやりたい!

さっそく阿Qは「革命だ革命だ!」と叫びながら村中を歩きます。
村のみんなはそれを見て恐れおののいています。

阿Q

オラ謀反だ、叩きのめすぞオラオラ!

秀才

あ、あの~阿Qさん…
ウチなんかは全然貧乏な方なので…
その、大丈夫ですよね…?

阿Q

貧乏?俺より金持ってるだろうが。
叩きのめすぞオラ!

趙家の一族はみなすっかりおびえて、革命党の動向が気になって仕方ありません。

革命党を騙ることで一転優位に立った阿Qは、その様子を見て大満足。
ひとしきり村を練り歩いた後、すやすやと眠りにつきました。

しかしその翌日。
昼までぐっすり寝ていた阿Qがようやく起きると、衝撃の事実を耳にします。
なんと革命はついに成し遂げられ、阿Qが寝ている間に終わってしまったというのです。

村は昨日までと同じ様子で、特段なにか変わった感じもありません。

革命運動の中心にいたのは、どうやらあの秀才偽毛唐らしいという情報も耳にします。
昨日までおびえていた秀才でしたが、時代の流れ的に国家転覆はもはや避けられないと見て、自己保身のために革命側に寝返っていたわけです。

阿Q

うわ…完全に寝坊して出遅れた…
てかあの二人、俺も革命やってるのを知ってるよな?
革命するならなんで俺も呼びに来てくれないんだ!

とりあえず阿Qは、前体制の象徴でもある辮髪を丸め込んで隠し、革命党員っぽいオーラを出して村へ繰り出します。

阿Qが銭家を訪ねてみると、中庭で偽毛唐が人を集めてなにやら演説をしているようでした。

偽毛唐

私はずっと前から革命を実現したかったんだがね、それを言うと「No」と言われるのだよ。あ、これ分からないだろうけど西洋の言葉ね。
こんな田舎の村で何かやっている場合ではないのだ。我々は新たな国を建てるのだからね。

秀才

おお、そうだそうだ!

阿Q

あ、あの~、私も入れてくれませんか…?

偽毛唐

ん?なんだお前出てけ

秀才

先生が出ていけとおっしゃっているだろ!
ほら、早く出ていけ!

阿Qはまたしても、偽毛唐にステッキでビシビシと頭をたたかれてしまいます。

たまらず逃げ出す阿Q。
偽毛唐たちはもう追いかけても来ません。

革命に身を投じることも許されず、ほかに居場所などなく、いつになく悲しくなってしまった阿Qでした。

阿Qの最期

そこへ、村に大きな事件が起きます。
趙家が革命党と思われる一団に襲撃されて、財産を片っ端から略奪されたようなのです。

やたらと「革命だ革命だ!」と騒ぎまくっていた阿Qは、この事件の共犯者として目をつけられてしまいます。
いつものように神社仏閣で寝ていると、いきなり役人が押し入ってきて捕まってしまいました。
身に覚えのない阿Qは、寝ぼけて困惑しています。

阿Qは問い詰められますが、自分の状況もなんだかよくわかっていないので、平然と受け答えをします。

役人

お前、昨日は村で騒いでたらしいな。

阿Q

いやあ、革命しようと思ったんですよね。

役人

じゃあやっぱり今回の件はお前の仕業か。
趙家を襲った仲間はどこにいる?

阿Q

その人たち、私を呼びに来てくれないんですよ。
品物も自分たちだけで持っていっちゃって…

役人

趙家の品物はどこに運んだ?

阿Q

んーわかんないです。
私を呼んでくれなかったので…

役人

あくまでシラを切るんだな。
…お前、ほかに何か言うことは?

阿Q

言うこと?
うーん、特にないですかね。

こうして阿Qは牢屋に入れられます。
もともと野宿に近い生活をしていたので、別に苦痛にも感じませんでした。

後日、牢屋からつまみ出された阿Qは、どこかへ連れていかれるようでした。

役人はしんみりした雰囲気で、再び尋ねます。

役人

阿Qよ、最後にもう一度聞こう。
何か言い残すことはあるかな?

阿Q

いや、ありません。

するとぞろぞろと人がやってきて、阿Qに葬式の衣装のようなものを着せ始めます。
阿Qはそのまま台車に乗せられて外へ連れていかれました。

外には大勢の人々がいて、車が通る様子を見物しています。
見物人の中には、阿Qがかつて言い寄った趙家の女中の姿もありました。
彼女は阿Qを気にかける様子もなく、ただ兵隊がもっている鉄砲を興味津々で見ています。

そこで阿Qはようやく、「自分は殺されるんじゃないか」ということを察します。

しかし時すでに遅し。
「助けてくれ」と言葉を発することもできないまま、阿Qはあっけなく銃殺されてしまいました。

田舎の村の人々は、この処刑に対して特に異論はないようです。

村の人

まあ阿Qが悪いんだろう。
だって悪くなければ処刑されるわけないんだから。

また見物に来ていた都会の人々は、口々に不満を漏らすのでした。

見物人

銃殺はつまんなかったよな、首を切ったほうが面白いのに。
あの死刑囚もリアクション薄いから見ごたえなかったわ。
せっかく見に来たんだから、革命歌でも歌って盛り上げろよな。

『阿Q正伝』に込められたメッセージ

以上、魯迅『阿Q正伝』のあらすじでした。

阿Qをはじめとする登場人物たちに対して、どんな印象をもったでしょうか。

周囲からも虐げられる悲惨な境遇にも関わらず、ひたすら合理化によって自尊心を保とうとする阿Q
名家に生まれ難関試験を突破したものの、臆病で確固たる意思もなく、ただ状況に流される秀才
西洋文化や革命の思想を表面的に取り入れて、本質的な理解もなしに虚勢を張るだけの偽毛唐

そして彼らを取りまく、なんとなく権威に追従するだけの無知な村人たち。
同じ国の同胞が処刑されるのをエンタメとして消費するだけの軽薄な見物人たち。

阿Q正伝に出てくるキャラクターは、揃いも揃って「愚民」という感じがしますね。

阿Qに関しては、あまりの不遇っぷりに可哀そうにも見えてきます。

作品の舞台背景

この小説の舞台は、1911年の辛亥革命前後の中国でした。
2,000年以上続いてきた「皇帝」による政治が倒れ、「共和制」による国が誕生した歴史上の重要なターニングポイントにあたります。

清王朝末期の時代というのは、アヘン戦争日清戦争といった先進諸国との抗争に加えて、内部でも大きな反乱が勃発していました。
度重なる動乱でボロボロに疲弊して、国家としてのパワーが衰えていたんですね。

そこに現れたのが、孫文(1866-1925)という男です。

孫文

このままだと中国は列強に潰されて終わりだ!
満州族が支配する清なんかぶっ壊して、俺たちで新しい国を作ろうぜ!

『阿Q正伝』に出てくる「革命」とは、こうした政治的背景のもとで進行する大きなムーブメントだったわけです。

しかし作中では、あくまで革命自体の成り行きはストーリーの背景にすぎません。
スポットがあたっているのはむしろ、そんなこととはまるで無頓着に暮らす阿Qや周囲の人々の日常のほうなのです。

彼ら登場人物たちに共通して言えるのは、社会に対してひたすら無知で、無自覚で、無批判であること。

精神性を改革せよ

『阿Q正伝』の登場人物が抱える「愚民性」のようなものは、魯迅による社会風刺となっています。
つまり当時の中国社会において、そうしたムードは現実問題として大衆の間に広く蔓延する病理だったわけです。

魯迅の問題意識は、「せっかく革命が成功しても民衆がこのままでは何の意味もないだろう」という点にありました。

だって共和制においては、政治を動かしていく主権は国民一人一人にあるのだから。
トップが変わるだけでは本当の意味で社会は変わりません。

これからは一人一人がよりよい社会を実現していくための知識を養うべきだし、自分が中華民国を動かす当事者である自覚がなければならないし、不当な状況があれば批判的に切り込んでいく姿勢が必要である。

魯迅は「文学」の形式を通じて、人々に社会の問題点を痛烈に突きつけました。
そしてこれからの時代を生きるために、根本的な精神性改革の必要性を訴えたということですね。

「阿Q」という個性的なキャラクターは、そんな作者の思いを一身に背負っているのです。

『阿Q正伝』を読んでいると、阿Qに対して複雑な感情が湧いてきます。
ひたすら愚かな阿Qへのもどかしさ。
なんだかんだで不憫に思う気持ち。
こうした感情は、当時の魯迅が同胞である中国国民に対して抱いていたであろう様々な想いを、わりとそのまま追体験しているようなものかもしれませんね。

同様の社会批判をテーマとした魯迅の短編は色々あります。阿Qや村の人々のような愚民性がそこでも共通して出てくるのが分かると思います。


参考・引用
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この記事を書いた人

色んな事に興味が尽きない "興味の窓" の管理人です。
大学時代の専攻は心理学。公務員を経て、現在はフリーのデザイナー。
読んでくれた方の興味が広がるきっかけとなるようなコラムを発信してみたいと思い、ちびちびとサイトを更新しています。

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