日本の夏の原風景といえば、蝉が鳴き風が吹き抜ける田舎道。
そして青空にもくもくと広がる大きな入道雲ですよね。
入道雲が空にあるだけで、夏の強い日差しや独特の空気感が伝わってくるようです。
入道雲が夏の風物詩として定番になっているのは、やっぱり夏に発生することが多いからですよね。
ではどうして夏空には入道雲ができやすいのでしょう?
シンプルに結論を言えば、「夏がとにかく暑いから」です。
雲の発生メカニズムを考えると、夏の気候がいかに入道雲にピッタリなのかが見えてきます。
この記事では、
- 雲とはそもそもどんなものか
- 入道雲の発生条件と発達過程
- 災害をもたらす存在としての積乱雲
についてまとめています。
あんなに巨大な白いモコモコが空に浮いているなんて、よく考えたら不思議な光景ですよね。
雲ってなんだろう
入道雲について見ていく前に、まずは基本的なところをおさらいしましょう。
そもそも雲とはいったいなんでしょうか?
ずばり雲の正体は、細かい水滴が集まったものです。
ひとつひとつの水滴は直径0.02mm~0.2mmほど。
髪の毛の直径がちょうど0.1mmほどの細さなので、肉眼では見えないくらい小さな粒だということですね。
しかし小さな水の粒がたくさん集まると、太陽の光をその中で色々な方向に乱反射させるので、遠くから見ると白く形を成して見えるわけです。
これを私たちは雲と呼んでいます。
雲ができる仕組み
どうしてそんな水滴が空にぷかぷか浮かんでいるのかというと、これは空気中上空で冷やされてあふれ出てきたものです。
たとえば冷えた飲み物をグラスに入れて置いておくと、グラスの外側に水滴がつきますよね。
この結露(けつろ)という現象は、雲ができるのと同じ仕組みで起こっています。
グラスの表面は周りの空気より冷たいので、そこにふれた空気の温度が下がり、飽和水蒸気量が小さくなって、空気中に含みきれなくなった分の水蒸気(気体)が水滴(液体)として姿を表すわけです。
1㎥の空間に存在できる水蒸気の質量(g:グラム)のこと。
気温が低いほど飽和水蒸気量も小さくなり、相対的に湿度(飽和水蒸気量に対する実際の水蒸気量の割合)は高くなる。
雲を構成する水滴もこのグラスの結露のように、
「空気が冷やされる」→「飽和水蒸気量が小さくなる」→「空気中の水分があふれる」
という同じプロセスをたどっています。
地表付近の温かい空気が上昇気流にのって上空に運ばれ、そこで冷えて水滴が生じる、という流れ。
そうして空にたまった水滴は、やがて雨として再び地上へ帰り、またいつか世界のどこかで雲になるのです。
- 川や海の水が蒸発して、水蒸気として地表付近の空気に混ざる。
- 地表付近の空気が太陽光などで温められると、比重が軽くなって上空へ運ばれる。
- 高度が上がるほど気温は下がるので、冷やされた空気から水滴があふれ出て雲になる。
- 雲が発達して水滴が大きくなると雨となって地上に落ちてくる。
- 地上へ降った雨水は川を通じて海へ流れていく。(→ 以下1へ戻る)
こういうサイクルを「水循環」といいます。
水は地球上をずーっと循環していて、その総量は太古の昔から基本的に増えても減ってもいません。
雲とは、そうした水の大規模な移動過程の一部でもあるんですね。
あの空に浮かんでいる雲はもしかすると、2年前まではナイアガラの滝であり、2000年前までは古代ローマ皇帝の夕食のワインだったかもしれないのです。
雲の分類と積乱雲
さて一口に「雲」といっても、その形や高度によっていろいろな種類があります。
ここでは代表的な「十種雲形」と呼ばれる分類を見てみましょう。
十種雲形は世界共通の類型で、すべての雲がこの10種類のうちのどれかに当てはまります。
- 【上層雲】高度5,000~13,000m
- 巻雲(けんうん)
- 巻層雲(けんそううん)
- 巻積雲(けんせきうん)
- 【中層雲】高度2,000~7,000m
- 乱層雲(らんそううん)
- 高層雲(こうそううん)
- 高積雲(こうせきうん)
- 【下層雲】高度2,000m以下
- 積雲(せきうん)
- 層雲(そううん)
- 層積雲(そうせきうん)
- 積乱雲(せきらんうん)
こうして見ると一つだけやたらデカい雲が目につきますね。
いわゆる「入道雲」とは、この積乱雲(せきらんうん)のことを指しています。
積乱雲とはつまり、雲が上空にむかって縦方向に大きく発達したもの。
分類上は「下層雲」に入るものの、実質空の低いところから高いところまでを覆いつくしています。
もはや高度の区分を超越した、巨大で特別な雲なのです。
ここからは本記事のテーマである積乱雲(=入道雲)に焦点を当てて、もう少し詳しく学んでいきます。
積乱雲とはどんな雲か
積乱雲もやはり雲なので、基本的な発生の仕組みは先ほど見てきたとおりです。
「空気が冷やされる」→「飽和水蒸気量が小さくなる」→「空気中の水分があふれる」
しかし同じプロセスでも、その規模が違うんですね。
いくつかの発生条件が重なることで雲が異常に発達した結果、だんだんと巨大な積乱雲が形成されていきます。
空気をスポンジに例えると、通常の雲は「濡れたスポンジを軽くしぼった」ような状態と言えるでしょう。
あふれ出た水滴がまとまって雲になります。
積乱雲はというと、「ビッチャビチャの大判スポンジを全力でしぼり上げてまき散らした」ような状態なのです。
つまりそれだけの「大量の水分」と「飽和水蒸気量の変化」とが条件になってくるわけです。
積乱雲の発生条件
具体的には、積乱雲の発生条件として次の3要素が挙げられます。
- 地表近くに暖かく湿った空気があること
- 空気が持ち上げられるきっかけがあること
- 大気の状態が不安定であること
① 地表近くに暖かく湿った空気があること
まず大前提として、「水蒸気」がたっぷり空気中に含まれていなければなりません。
そのためには、空気が暖かく飽和水蒸気量が十分に大きい状態であること。
そして実際に大量の水蒸気が溶け込んでいる(湿度が高い)状態であること。
これを「暖かく湿った空気」と表現しています。
暖かい空気は軽いので、上空まで運ばれるのにも適しています。
水蒸気が大量にあることは、上空で大量の水滴に変化できる余力があることであり、すなわち雲の大きさに直結します。
積乱雲にとって水蒸気は栄養のようなものなんですね。
② 空気が持ち上げられるきっかけがあること
そして、暖かく湿った空気が上空にまでのぼっていくための力が必要です。
雲ができるためには、空気が冷えて飽和水蒸気量が小さくならなければいけないからですね。
空気が持ち上げられるきっかけとして代表的なのは、地表が加熱されることによる上昇気流の発生です。
天気がいい日にアスファルトが熱されて空気がゆらゆらと歪んで見える現象を「陽炎(かげろう)」といいますが、あれがまさに地熱由来の上昇気流。
これは「対流」という熱伝導の仕組みによって生じています。
空気や液体などの流体内において、温度差によって熱が移動していく現象。
熱せられた流体が上部へ移動し、周囲の低温の流体が下部へ流れ込むことを繰り返す。
暖かい空気がこの浮力に乗って上昇すると、その過程でさらに周りの空気も取り込んで、次第に「プリューム」と呼ばれる大きな空気のかたまりを形成していきます。
このプリュームがいわば積乱雲の赤ちゃんのようなものなのです。
また地熱以外にも空気が持ち上げられるきっかけはあります。
たとえば海岸地帯でよく発生する海陸風(かいりくふう)。
温まりにくい海上の空気が陸側に風として流入する現象です。
先端にあたる「海風前線」が暖かい空気の下へ下へと潜り込む形となり、その圧力で陸上の空気を上空へ押し上げるのです。
あるいは山岳地帯では、物理的な山の地形が空気を持ち上げることがあります。
山に向かって風が吹き込むと、ふもとの空気が傾斜に沿って山を押しつけられるように上っていくわけです。
空を自由に飛び回るパラグライダーやハングライダーも、こうした様々な上昇気流を理由して高度を調整しています。
③ 大気の状態が不安定であること
最後に、積乱雲にとって最も重要とも言える条件が「不安定な大気」です。
これはつまり、「暖かい地表付近の空気」と「冷たい上空の空気」との間に大きな温度差がある状態のこと。
もし冷たくて重たい空気がどっしりと下に構えて、その上に暖かくて軽い空気が乗っかっているなら、その空気は「安定」しています。
対流による熱の移動が起きないからですね。
これが上下逆になると、暖かくて軽い空気は上昇しようとする一方で、冷たくて重たい空気は沈もうとします。
その両者が影響し合って、中間層では複雑な空気の流れが自然に生まれるのです。
そして地表と上空の温度差が大きいほど、対流の働きも大きくなります。
この流動性の大きな環境のことを「不安定な大気」と呼んでいます。
暖かく湿った空気がこの環境で上に持ち上げられると、これはもう止まることなく、どんどん上空へと昇っていってしまいます。
高度を上げるごとに空気の温度は下がりますが、周囲の空気がさらに冷たければ依然として比重は軽いままだからです。
高度を上げた空気は冷えて水滴をまき散らし、それでも冷やされ足りないので、さらに水滴をまき散らしながら上空へ…。
その空気の上昇の軌跡が、積乱雲そのものなんですね。
地表付近の気温が30℃だとして、上空1万メートルの気温は-50℃ほどになりますから、その気温差は80℃。
80℃分の飽和水蒸気量の減少を受けて、空気という名のスポンジは限界までしぼられつくしてしまうわけです。
夏は積乱雲のシーズン
積乱雲の発生条件を考えると、入道雲が夏によく見られるのも納得です。
日本の夏の蒸し暑さというのは、大きな積乱雲を発達させるのにピッタリな環境なのです。
夏になると、太平洋のほうから日本列島に向けて高温多湿の空気がモワッとやってきます。
これには蒸発した海水由来の水蒸気がたっぷり含まれているので、①地上に暖かく湿った空気が充満するわけです。
そして陸地は強い夏の日差しを受けて海水以上に急速に熱せられているので、特に14時くらいの暑い時間帯になると、②上昇気流が暖かく湿った空気を上空まで持ち上げていきます。
このとき、地表付近は太陽光のエネルギーを直接受けて放射熱によってホカホカに暖められていますが、高度が上がるほどその熱の影響を受けず低温を維持しています。
つまり日差しが強いほど、暖かい地上と冷たい上空の温度差が大きくなり、③不安定な大気が生じやすいんですね。
さらに上空では、ときおり冷たい寒気を伴った寒冷低気圧が流れ込んでくることもあります。
この場合は地表付近と上空との寒暖差がさらに極端に大きくなって、ひときわ大規模な積乱雲が急速に発達する原因となります。
遠くから見ている分には雄大で美しい入道雲。
しかし極端に不安定な大気のもとで発達した積乱雲というのは、実は恐ろしい一面ももっているのです。
大量の水滴が1万メートルにわたって縦方向に積み重なっているということは、積乱雲の下ではそれだけ大量の雨が集中的に降るということです。
「集中豪雨」「ゲリラ豪雨」といわれるような大雨は、時に災害レベルの被害をもたらします。
また大きな気温差は上昇気流と下降気流が交錯した激しい空気の流れを生み、積乱雲の中の細かな水滴や、それが高層部で凍ってできた氷の粒が、まるでミキサーのように上下に流動するのです。
氷の粒は互いに衝突を繰りかえす中で帯電していき、落雷の原因となります。
積乱雲は激しい雷雨を引き起こすので、「入道雲」だけでなく「雷雲(かみなりぐも)」の別名でも呼ばれます。
災害をもたらす存在としての積乱雲のやっかいなところは、自己増殖機能を備えていること。
積乱雲の周辺では、上空の冷たく重い空気が地表に向かって吹き下ろすような下降気流が発生します。
これが地表へ届くとぶつかって周囲に広がり、冷たい前線が周囲の暖かい空気の下に潜り込むことで、新しい積乱雲のもととなる上昇気流を生み出すのです。
こうして積乱雲は自身が雷雨を降らせると同時に、自身の子孫をまた新たに生み、組織化された積乱雲たちが消滅と生成を繰り返しながら各地で被害をもたらしていくわけです。
一旦この増殖システムが出来上がると、積乱雲の栄養源となる「熱」と「水蒸気」が十分に存在する限り、そのサイクルは半永久的に続いていきます。
ちなみに積乱雲の組織が一定のライン上に沿って整列したのが、これまた夏によく聞く「線状降水帯」というやつです。
発達した積乱雲が前線や地形の影響で帯のように連なって形成されたもの。
風上で次々と新しい積乱雲が生まれては風下を通過していくプロセスが繰り返され、同じ場所で長時間にわたって集中豪雨が降り続ける。
入道雲で空気や水の流れを見る
というわけで今回は、入道雲こと積乱雲の発生の仕組みや特徴について学んできました。
- 雲とは細かい水滴の集まりであり、空気中が上空で冷やされてできたもの
- 積乱雲の発生条件は主に3つで、いずれも夏の強い日差しにより実現しやすい
1. 地表近くに暖かく湿った空気があること
2. 空気が持ち上げられるきっかけがあること
3. 大気の状態が不安定であること - 積乱雲は集中豪雨や雷を引き起こし、気象災害の原因にもなる
空を覆いつくすほどの大きな積乱雲は、もっと大きなスケールで絶えず変動する大気の状態を反映しています。
「地球」という閉鎖系の中で、空気の分子は世界中を常にあちこち動き回り、疎になったり密になったりする。
また水の分子も同様に、氷や水や水蒸気へと姿を変えながら、色々な流れに乗ってやはりあちこちを巡り続けています。
人間が到底コントロールできず、理解すらしきれない自然の流れ。
とても目では追いきれない相互作用の連続の中で、たまたま一時的な水の集まりが空中で可視化されたものが「雲」なのです。
その背景には必ず大気と水の地球規模での循環プロセスが回っています。
積乱雲による豪雨に直面した際はもちろん、遠くから雄大な入道雲の外観を望んでいるときにだって、私たちは大規模かつ複雑な「気象現象」という地球の営みの壮大さを実感することができるはず。
今度入道雲を見かけたら、その中の上昇気流や下降気流、水や氷の動き、周囲に吹く風など、ぜひ目に見えない様々な環境要因にまで思いを巡らせてみましょう。
ただでさえ雄大で美しい入道雲が、畏敬の念によってさらに美しく感じられるかもしれません。
ちなみに私は入道雲の写真で酒が飲めるほどの大ファンです。
一番好きな季節はもちろん夏です。