知能をもつ馬?後世に名を残した賢い馬ハンスの能力とは【クレバー・ハンス効果】


かつてドイツで、言語理解や計算ができる天才馬として有名になった「ハンス」。
彼は馬でありながら、人の言葉や文字を読み取って、蹄(ひづめ)を鳴らすことでそれに答えることができました。

しかし彼は実際に言語や数を理解していたわけではなく、ある単純なトリックによって、あたかも理解しているかのようにふるまっているだけだったのです。

そのエピソードは後の心理学の世界に「クレバー・ハンス効果」として重要な教訓を残しています。

この記事では、

  • 天才とよばれた馬・ハンスの能力
  • ハンスはどのようにして読み書き計算を成しえたか
  • 心理学の教訓となった「クレバーハンス効果」とは

についてまとめています。

ハンスがどんなトリックを使っていたか、ぜひ推理してみてください。

目次

賢い馬 ハンス

19世紀末頃、ドイツ・ベルリンに「ハンス」という名前の馬がいました。

ハンスには特殊な一芸がありました。
飼い主であるオステン氏が簡単な計算問題を出すと、なんとハンスは瞬時にその計算結果を教えてくれるのです。

さすがに馬は人の言葉を話せませんから、蹄を地面に打ち付ける回数で答えます。

オステン

ハンス、8 ひく 5 は?

ハンス

・・・。
(パカッ、パカッ、パカッ)

と、こんな感じですね。

答えが「3」となるような問題であれば、ハンスは3回足踏みをして、そこでしっかり止まります。

特に「止まれ」と指示されるわけでもなく、ハンスが自分の意志で回数を決めているようでした。

言葉と文字を理解する?

馬が四則演算ができるというのは驚くべき点ですが、それ以前に出題された問題の意味を理解している時点で、彼の能力は馬並みを外れています。

8とか5のといった抽象概念、引き算という処理の認識。
いや、そもそもドイツ語の基礎文法を習得しなければ、そんな芸当はできないはず。

それだけでなくハンスは、オステン氏が口頭で問題を伝えなくても、ボードに問題を書いて見せるだけで答えを導くこともできたようです。

これらのパフォーマンスは、町の人々を多いに驚かせました。
馬が人間の言葉を理解できるなんて!計算までできるなんて!歴史に残る天才馬だ!

彼は「クレバー・ハンス(賢いハンス)」と呼ばれ、たちまち人気者になります。

かつてダーウィンが『種の起源』を発表して世界に衝撃を与えたのが1859年。
賢馬ハンスが脚光を浴び始めたのは、ちょうど進化論が世界に浸透していった1891年頃のことでした。

当時の世界は、人々が動物の進化とその能力について大きな関心を寄せた時代ともいえるかもしれません。

そんな中でハンスとオステン氏は鼻高々に、ドイツ中を回ってショーを開催して回りました。

クレバーハンス効果の由来となった賢い馬「ハンス」のショーの様子。飼い主のオステン氏がハンスに向かい合っており、それをたくさんの観衆が囲んでいる。
オステン氏とハンスのショー

専門家による調査

と、ここまでハンスの天才エピソードを見てきましたが、かなり怪しい印象をもった方も多いのではないでしょうか。

「いくらなんでも馬が人の言葉を理解できるワケないでしょ!」
と、そう考えたのは当時の専門家たちも同じでした。

大学教授や獣医師、サーカス団の団長にいたるまで、さまざまな専門知識をもったプロフェッショナルたちが集まって調査チームを結成し、ハンスの芸の謎を解こうと試みたようです。

ハンスの能力がニセだとすると、一番疑わしいのは飼い主のオステン氏。
彼がこっそり何らかの合図をハンスに送り、蹄を叩くべき回数を指示しているんじゃないだろうか?

調査チームは、まずはオステン氏をじっくり念入りに観察してみました。
ところが、ハンスに合図を送るような素振りはまったく見られません。

それから試しにオステン氏をハンスの目が届かないところへ隔離してみました。
しかし、それでもハンスのパフォーマンスは衰えません。
驚くべきことに、まったく初対面の人間が質問を投げかけても、やはりハンスは正しい答えを返すのです。

これはもう、ハンスの知能によるものとしか思えない。

結局この調査チームは、「ハンスのショーには何のトリックも使われていない」と報告せざるを得ませんでした。

賢馬ハンス&オステンチーム、まさかの勝利です。

ハンスの能力の真相

それでも、調査チームはハンスの謎を追うことををあきらめませんでした。

ついに謎が解き明かされたのは、当初の調査チームの報告からおよそ3年後のこと。
ゲシュタルト心理学を専門とするシュトゥンプ(1848-1936)と、彼の弟子として徹底した追加検証を行ったプフングスト(1874-1933)の功績でした。

プフングストの報告書によれば、ハンスには人の言葉を理解する知能があるわけでも、四則演算ができる能力が備わっているわけでもないといいます。
では3年もの間誰も見抜くことができなかったトリックとは、いったい何だったのか。

実はハンスは、周囲で見守る人々に無意識に表れる顔や身体の微妙な変化を敏感に読み取っていたのです。

ショーを行っているとき、ハンスを取り巻く質問者や観客たちは、ハンスの蹄を打つ回数が正解に近づくたびに少しずつ体が緊張してきたり、自然と前のめりになったりするんですね。

そして正解の回数に達した瞬間に体の緊張はやや和らいで、目が少し見開いたり、少し顔を上げて「ここだ…」と息を飲んだりします。

これらはどれも無意識的な反応であって、人間が見ても気づけないくらいの些細な変化でしかありません。

しかしハンスはこうした周囲の反応を見逃さず、ヒントとして活用することができました。

観衆

(きた… 3回目の足踏みだ…!)

ハンス

(お、このへんか…?)


このようにして、オステン氏すら知らないトリックによってハンスはあたかも高度な知能をもつかのようにふるまっていたのです。

その証拠として新調査チームは、あらかじめ紙に書かれた問題文を、誰も中身を見ないままハンスに解かせる実験を行いました。
これなら観客も答えを知らないので、無意識の反応は表れない。

いつになっても観衆の反応を得られないハンスは、わけもわからず延々と蹄を打ち鳴らし続けたのだとか..。

なんだかちょっとかわいそうですね…。

クレバー・ハンス効果

というわけでハンスは、言語や計算といった高度な能力があるわけではなく、実験者や周囲の人間のささいな変化を察知するという、もっと低次な心理能力によって課題を遂行していたのでした。

このように動物が出題者の無意識な挙動を手掛かりとして、あたかも高度な知的能力があるかのようにふるまう現象は、その発見のきっかけとなった馬の名前を冠して「クレバー・ハンス現象 -Clever Hans Effect-」(賢いハンス効果)と呼ばれています。

ハンスがくれた教訓

この事例は以降の動物研究の領域においても、極めて重要な教訓を残してくれました。

すなわち、動物の知的行動を測るうえでは実験者の意図しない手がかりを排除しなければならない、ということです。

たとえばプフングストがそうしたように、実験者自身も問題の答えを知らない状況でテストを行うなどですね。

こうした対策は「ブラインドテスト」と呼ばれ、実験の妥当性を高めるための工夫として動物研究以外においても広く採用されています。

動物の訓練を行うこと

クレバー・ハンス効果に注意が必要なのは、研究者だけとも限りません。

たとえば犯罪捜査に活躍する警察犬麻薬探知犬、ガン患者を嗅覚で判別するガン探知犬を育成する訓練シーンにおいても、ハンスの教訓はかなりストレートに活きてきます。

犬もとても賢い動物で、非常に優れた嗅覚をもつことで有名ですね。
訓練を積み重ねることで、その能力で証拠品や特定のにおいを正確に嗅ぎ分けて、トレーナーに教えてくれる…ように見える。

しかし実際には、トレーナーの「ここで反応して欲しい(あるいはして欲しくない)」という心の動きをささいな挙動から感じ取って、それに応えているだけかもしれないわけです。

そうならないように、動物の訓練を行う上でも「無意識的な手がかりの排除」を意識しなければなりません。
ここでもやはりブラインドテストは有効な手段となるでしょう。

「見せかけの学習」と「真の学習」とを区別する必要があるということですね。

ハンスは賢い馬ではなかったのか

以上、動物心理学の歴史に重要な記録を残した馬・ハンスの真相についてでした。

その現象が単に「ハンス効果」ではなく「クレバー・ハンス効果」として世に広まっているのは、実は天才ではなかったハンスに対する皮肉めいたニュアンスも少し含まれているのかもしれませんね。
「賢いハンス(笑)」みたいな感じで。

しかし彼の名誉のためにフォローしておくと、ハンスはやっぱり賢い馬ではあったと思うのです。

言語理解や計算こそできないにしても、誰も気が付かないような人間のちょっとした変化を敏感に察知する天才ではあった。
高度な知能をもつと自負している私たち人間に同じことができるかといえば、なかなかできることではありません。

心理学の入門書を開けばたくさんの有名な研究者たちの名前が索引に並んでいますが、有名な被検体ともなればハンスを除いてそう多くはないでしょう。

クレバー・ハンスは、その名に恥じずやはりクレバーなハンスだったのです。


この記事を書いた人

色んな事に興味が尽きない "興味の窓" の管理人です。
大学時代の専攻は心理学。公務員を経て、現在はフリーのデザイナー。
読んでくれた方の興味が広がるきっかけとなるようなコラムを発信してみたいと思い、ちびちびとサイトを更新しています。

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